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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7021号 判決

大東京信用組合

理由

先ず原告主張の詐欺による不法行為の点について判断するのに、証拠を総合すれば、原告の妻の叔父である平川定二は、かねてから歌田道一が大森に二、三万坪の土地を所有する田中みきからその売却の委任を受けることになれば相当の利益を得ることが確実であつて、その委任を受けるために地主に二百万円位の保証金を差し入れる必要があり、その出資者を探していることを歌田の知人である大関雄一から聞き、同人と共同してその実現を図り、これを原告に告げて出資方の勧誘をし、昭和三十一年十一月初頃原告を上京させて歌田を紹介した。しかし原告が歌田を信用せず、出資を承諾しなかつたため右の計画は進展しなかつたが、歌田から被告組合の従業員である被告森、菅原を紹介され、右計画実現のために同被告らにおいても協力する意向であることを告げられたので、平川は原告に対し右土地の売買計画については被告組合が仲に入りその実現に協力するから利益を挙げることが確実であると申し向けて上京を促し、五十万円の出資方を懇請した。そこで原告は同月二十五日頃上京し、大森の喫茶店「三月」で平川、歌田と会談したが三十分位経過しても右計画が従前と何ら進展していないし、歌田も信用できなかつたため辞し去ろうとした際、被告森が来席したので、同被告と二人だけで約二時間会談した結果、被告森は原告に対し右土地売買の件については被告組合において歌田らと共同してその事を遂行すること、そのために原告の出金する五十万円は被告組合の預金とすることに同組合において責任を負うから出金されたいと言明したので、原告は右金銭が被告組合の預金となるものと信じて出金を承諾したこと、よつて原告は同日郷里に電話連絡し、翌日電報送金の手筈を整え、翌二十六日右「三月」において歌田、被告森、菅原らと会合し、その面前に座を占めた被告森に現金五十万円を提供し、同被告においてこれを受け取り更にこれを歌田に交付したこと、その際被告森は受取を証するため歌田振出の同金額の約束手形一通を原告に交付したが、原告において話が違うといつて平川を呼び出し来席を求めたので、被告森、菅原は原告宛に五十万円を同年十二月八日被告組合に普通預金として納入する旨の確約書を差し入れ、その頃には預金として預かるから心配するなと申し向けたことを認めることができる。

一方、被告森本人の供述によれば、同被告は歌田から右土地売買の件を聞かされ、これが成功すれば四百万円位被告組合に定期預金すると申し向けられたので、預金獲得に奔走していた同被告は歌田からその預金を得るために右計画の成功を期待していたものであつて、歌田から右事業遂行に必要な書類を示されていて、右計画が失敗に帰するとは予見していなかつたことが認められる。

右認定事実と弁論の全趣旨によれば、被告森、菅原らと歌田は共謀の上原告を欺罔して成功の見込のない事業に投資させ出資金を騙取したとは認め難いところであるけれども、被告森、菅原らは、被告組合において歌田と共同して土地売買を遂行するものでもその意思もなく、又原告の出金を被告組合において自己の預金とすることに責任を持つことが不確実であるのに拘らず、原告が歌田の事業に出金することを拒絶したため歌田からの預金受入が困難となつたので、前記のように原告に虚偽の事実を告げ、これによつて原告に出金の決意を生じさせ、これを歌田に使用させて原告に損失を蒙らせたものであるから、原告を欺罔した不法行為というべきである。そして被告菅原は前記確約書が作成された際同席し、被告森と共同して同書面を作成したものであつて、歌田から預金を得ることを期待していたものと認められるから、被告森が原告に対し虚言を用いたことを同被告から聞知しながら原告に対し共同して出金を勧誘したと推認すべきであり、従つて、被告森と共同して原告を欺罔した共同不法行為者というべきである。

被告森、菅原の右不法行為は被告組合のための預金勧誘という被告組合の業務遂行としてなされたものであるから、被告組合は使用者として右不法行為に基く損害賠償責任を負うものである。

次に、過失相殺の抗弁を判断するのに、前記認定事実によれば、原告が勧誘された出金は歌田の事業資金に使用されることに端を発したものであるが、その後原告と被告森との折衝により被告組合が預金とすることに責任を持ち、これを歌田との共同事業に使用することの言質を得たに過ぎないものであつて、事業遂行の実体が歌田であることに変りないことは出金に至るまでの前記経過に照らし容易に推測し得たところであること、出金の現場は前記喫茶店「三月」であつて歌田が同席していたのであるから、被告組合の従業員である被告森、菅原がその席に列しても、このようになされる預金の受入は通例の事態とは考えられないこと、そしてその出金に対する受取書は歌田振出の約束手形でなされようとしたり、その後前記確約書に書き直されたけれども、その文言は単純な預金受領を表すものでなかつたから、預金として受領されるについて複雑且つ危険な状況であつたことが容易に推測し得たものというべきである。右事実によれば、原告が被告組合の預金として受け入れられ、その事業に使用されると信じたのは軽卒を免れないから、虚言に乗つて出金するについて原告に過失があるといわざるを得ない。

してみれば、これによつて蒙つた損害については過失相殺がなされるべきであり、前記諸般の事情を斟酌し、被告らの損害賠償額は金三十五万円と認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、被告らは各自原告に対し三十五万円とこれに対する完済までの遅延損害金の支払義務を負うというべきである。よつて原告の請求は右の限度においてこれを認容し、その余は失当である。

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